大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)334号 判決

控訴人 福島光太郎

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 小林賢治

被控訴人 房総化学株式会社

右代表者代表取締役 花井正敏

〈ほか一名〉

訴訟引受人 丸中白土株式会社

右代表者代表取締役 紺野倉治

右両名訴訟代理人弁護士 森本明信

主文

控訴人らの被控訴人房総化学株式会社に対する控訴を棄却する。

原判決主文第一項中被控訴人福島洗剤株式会社に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人福島洗剤株式会社は、訴訟引受人丸中白土株式会社と控訴人らとの間の、東京地方裁判所昭和四五年(借チ)第三、〇二一号土地賃借権譲受許可申立事件について、申立を棄却または却下する決定が確定し、もしくは申立の取下により事件が終了したときは、控訴人福島光太郎に対し、原判決別紙目録二1の建物から退去して同目録一1の土地を明渡し、控訴人高橋鏡子に対し、同目録二2の建物(階段昇り口土間約一三・三二平方米の部分を除く)から退去して同目録一2の土地を明渡すこと。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟引受人丸中白土株式会社は、前項掲記の決定が確定し、もしくは申立の取下により事件が終了したときは、控訴人福島光太郎に対し、原判決別紙目録二1の建物を収去して同目録一1の土地を明渡し、かつ昭和四五年六月一二日から明渡済まで、一箇月一、一一〇円の割合による金員を支払い、控訴人高橋鏡子に対し、同目録二2の建物を収去して同目録一2の土地を明渡し、かつ右同日から明渡済まで、一箇月一、一一〇円の割合による金員を支払うこと。

控訴人らの訴訟引受人丸中白土株式会社に対するその余の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら(原審原告ら)は、

原判決を取消す。

被控訴人房総化学株式会社は控訴人らに対し、それぞれ金四八、二八五円の支払をせよ。

被控訴人福島洗剤株式会社は控訴人福島光太郎に対し、原判決別紙目録二1の建物から退去して、同目録一1の土地を明渡し、控訴人高橋鏡子に対し、同目録二2の建物(階段上り口土間約一三・三二平方米の部分を除く)から退去して同目録一2の土地を明渡せ。

訴訟引受人丸中白土株式会社は、控訴人福島光太郎に対し、同目録二1の建物を収去して同目録一1の土地を明渡し、かつ昭和四五年六月一二日から明渡済まで、一箇月一、一一〇円の割合による金員を支払い、控訴人高橋鏡子に対し、同目録二2の建物を収去して同目録一2の土地を明渡し、かつ昭和四五年六月一二日から明渡済まで、一箇月一、一一〇円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

旨の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被控訴人ら(原審被告ら)は控訴棄却の判決を、訴訟引受人は請求棄却の判決を求めた。

控訴人らの請求原因

原判決別紙目録一1の土地は控訴人福島の所有、同2の土地は控訴人高橋の所有である。被控訴人房総化学株式会社は昭和四五年六月一一日まで右1の地上にある同目録二1の建物および右2の地上にある同二2の建物を所有し、右両土地を占有していたが、同月一二日右両建物の所有権が訴訟引受人丸中白土株式会社に移り、同人において両土地の占有をつづけている。被控訴人福島洗剤株式会社は右両建物(2の建物中請求の趣旨掲記の部分を除く)を使用し、右両土地を占有している。右両土地の地代相当金額は一箇月につきそれぞれ金一、一一〇円である。よって控訴人らは房総化学に対し、訴状送達日の翌日である昭和四一年一〇月二八日から昭和四五年六月一一日までの地代相当損害金各四八、二八五円の支払を求めるほか、丸中白土および福島洗剤に対し、請求趣旨記載のとおり明渡ならびに金銭の支払を求める。

被控訴人らと訴訟引受人の答弁および抗弁

請求原因事実は認める。

花井正敏は昭和二一年九月一五日控訴人福島から建物所有の目的で本件両土地を賃借し(当時2の土地も福島の所有であった。)、その後地上に本件両建物を作ったが、昭和三〇年七月一四日建物所有権と借地権を房総化学に譲渡した。当時右両建物は登記簿上光輝産業株式会社の所有名義であったが、実体は同会社の代表者たる花井の所有であって、右譲渡により光輝産業から房総化学に所有権移転登記が経由された。かりに実体上も光輝産業の所有であったとすれば、同社は右同日建物所有権および借地権を花井に返還し、花井が房総化学へこれを譲渡したものである。

花井から房総化学への借地権の譲渡については、そのころ控訴人福島がこれを承諾した。明示の承諾がなかったとしても、同控訴人は昭和三一年以降房総化学から異議なく地代を受領しているから、黙示の承諾をしたことは明白である。また、本件土地の隣地に住む控訴人高橋には、本件土地が房総化学の名義で使用されていることが容易に分る筈であるのに、控訴人らは永年にわたり異議を述べずにいたから、黙示の承諾をしたというべきである。さらに、当初花井が借地するに当り、権利金三、〇〇〇円が福島に支払われたが、この金額は当時の地価の九割に相当するもので、これを受取ることにより、福島は花井の借地譲渡をあらかじめ承諾した。

かりに承諾の事実が認められないとしても、房総化学は花井の個人会社であり、花井はもともと洗剤の加工販売を業とする者で、房総化学もこれを目的とする会社であるから、両者間の借地権の譲渡はなんら福島の経済的利益を害するものでなく、借地人としての背信行為には当らない。したがって、房総化学はその借地権をもって控訴人らに対抗することができる。

次に、丸中白土の本件土地占有の経緯は次のとおりである。本件両建物について第三者から東京地方裁判所に抵当権実行による競売の申立があり、競売の結果丸中白土が昭和四四年一〇月一六日競落し、昭和四五年六月一二日代金払込を完了して所有権を取得し、併せて本件両土地の借地権を取得した。そして丸中白土は同年七月二一日同裁判所に対し、借地法九条の三に基づく借地権譲受許可の申立をおこない(同庁昭和四五年(借チ)第三、〇二一号事件)、右事件は現に同庁に係属している。

福島洗剤は丸中白土から両建物を借りうけ使用している。

控訴人らの答弁および再抗弁

花井が控訴人福島から両土地を賃借したこと、その借地権が地上建物の所有権とともに房総化学へ譲渡されたこと、丸中白土がその主張する経緯で両建物の所有権を取得し、ついで東京地方裁判所に借地権譲受許可の申立をして、その事件が現に係属中であることは争わない。房総化学への借地権譲渡について控訴人らが明示、黙示の承諾をしたことは否認する。借地権譲渡に背信性がない旨の主張も争う。福島洗剤の建物占有権原は不知。

控訴人らは花井との賃貸借を解除した。すなわち、控訴人福島は、花井が房総化学へ借地権を譲渡したことを理由に、昭和四一年一〇月三日花井に対し、本件両土地の賃貸借契約を解除する旨意思表示した。本件土地のうち2の土地は昭和四〇年七月一九日以後控訴人高橋の所有であるが、福島は高橋の実父であって、2の土地についての賃貸人の地位は両者の合意で福島に残っていたし、そうでないとしても高橋の委任による管理権をもっていたので、右のように福島から解除の意思表示をしたのである。また控訴人らは、光輝産業が本件地上建物の所有名義人であったことを知ったので、花井から光輝産業への借地権の譲渡があったものと認め、これを理由として昭和四四年六月二七日花井に対し、本件両土地の賃貸借契約をそれぞれ解除する旨意思表示した。よって、房総化学も丸中白土も、本件土地を占有する権原はない。

かりに控訴人らと房総化学との間に賃貸借関係が存在したとしても、控訴人らはその賃貸借を解除した。すなわち、房総化学の約定地代は昭和四〇年当時月額合計二、二二〇円で、毎月二五日を支払日としていたが、房総化学は同年一月から一二月までの分二六、六四〇円の支払をしなかったので、控訴人福島はその代表者花井に対し、同年一二月中と翌昭和四一年三月一六日に支払を催告し、同年九月一三日その支払がないことを理由に賃貸借契約を解除する旨意思表示した。右催告および解除の意思表示を福島のみがおこなった理由は前段に主張したところと同じである。

被控訴人らと訴訟引受人の答弁および再再抗弁

控訴人福島から花井に対し、また、福島と高橋から花井に対し、それぞれ控訴人らの主張する契約解除の意思表示があったことおよび高橋の所有権取得の日は認める。右意思表示の効果の発生は否認する。

福島から房総化学に対し、賃料の催告および契約解除の意思表示があったことは否認する。控訴人らと房総化学間の賃貸借の約定地代額は控訴人ら主張のとおりであるが、その支払期日は毎年末とする約束であった。房総化学が昭和四〇年分の地代を支払期日に支払わなかったことは認めるが、これを理由とする契約解除は権利の濫用であるから、かりに解除の意思表示があってもその効果はない。そして房総化学は昭和四一年九月一七日控訴人福島に昭和四〇年分地代の支払を提供し、同年一一月二一日までに全額を弁済のため供託した。

≪証拠関係省略≫

理由

原判決別紙目録一1の土地が控訴人福島の所有地であること、同2の土地ももと同控訴人の所有であったが、昭和四〇年七月一九日以降控訴人高橋の所有地であること、花井正敏が昭和二一年九月一五日福島から右12右の土地を賃借し、地上に同目録二12の建物を所有していたところ、昭和三〇年七月一四日右借地権ならびに建物所有権を被控訴人房総化学株式会社に譲渡したこと、その後右両建物について東京地方裁判所が抵当権実行による競売手続を開始し、訴訟引受人丸中白土株式会社が昭和四四年一〇月一六日競落の上、昭和四五年六月一二日代金を支払って所有権を取得し、右両建物を所有することによって現に本件両土地を占有していることおよび被控訴人福島洗剤株式会社が右両建物を使用して本件両土地を占有していることは、いずれも当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば、福島洗剤は丸中白土から右両建物を借用していることが認められる。

被控訴人らと訴訟引受人は、花井から房総化学への借地権譲渡について、福島が承諾をしたと主張する。

当裁判所も原審と同じく、福島は右借地権譲渡について、おそくとも昭和三九年までには黙示の承諾を与えたと判断する。その理由は、原判決理由中判決書八枚目裏五行目「成立に争いのない」以下九枚目裏一〇行目段落までに記載されたとおり(ただし、八枚目裏五行目「甲第六号証の一、二」の次に「甲第七号証、甲第一一号証」を挿入する)であるから、これを引用する。なお、当審の本人福島光太郎の尋問の結果には、福島は花井の希望により地代領収証の宛名を房総化学研究所と書いただけのことで、房総化学に土地を貸したことはない旨の供述があるが、房総化学研究所が法人でなく単に花井の個人事業に付した名称であるならば、領収証の宛名にことさらその名称を掲記する必要はない筈で、福島がこの辺の事情を穿鑿せず、花井の希望のままにして九年間を過ごしていたということは、花井が主宰する会社であれば借地権の譲渡は黙認するという意思の現われとみて差支ないから、右供述も右認定を左右するものでない。

よって、房総化学はその借地権を福島に対抗することができるのであり、その後に2の土地の所有者となった高橋は、同地について房総化学に対する賃貸人の地位を承継したというべきであるから、福島のした昭和四一年一〇月三日の花井に対する契約解除の意思表示および福島と高橋のした昭和四四年六月二七日の同人に対する契約解除の意思表示は、いずれもその効果を生ずるに由ないものである。

次に控訴人らは、福島および高橋が房総化学に対し、地代債務の不履行を理由として、昭和四一年九月一三日契約解除の意思表示をしたと主張し、房総化学が昭和四〇年分の地代二六、六四〇円を同年末までに支払わなかったことは争がない。しかし昭和四一年九月一二日付契約解除の意思表示は、花井個人宛のものとみられるので、これを房総化学に対する意思表示と解するのは困難があるが、かりにこれを肯定するとしても、福島がこれより先解除のための催告をした形跡がないので、解除の効果は生じないといわざるをえず、その委細は原判決の説示と同一であるから、判決書一〇枚目表二行目から五行目までおよび一〇枚目裏冒頭から一一枚目表七行目までの記載を引用する。なお控訴人らは、昭和四〇年一二月中の催告の事実をも主張するが、弁済期前の催告が民法五四一条所定の催告にならないことはいうまでもない。

そうすると、房総化学の借地権は、ほかに消滅原因の主張がない以上、丸中白土への移転に至るまで存続したことになるから、房総化学が控訴人らに対して地代相当額の損害金を支払う義務のないことは当然で、その支払を求める控訴人らの請求は失当であり、房総化学に対する控訴は理由がない。

次に丸中白土は、前顕競売手続により本件両建物の所有者となると同時に、房総化学の有する本件両土地の借地権を取得したものというべきであるが、丸中白土が借地法九条の三による譲渡許可の申立を東京地方裁判所に提起し、右事件が現に係属していることは争がない。したがって丸中白土は、右申立に対する許可の裁判が確定することにより、はじめて控訴人らに対抗しうる借地権を取得することになるが、一般に、借地法九条の三による申立がされたとき、その裁判確定までの間の建物競落人の敷地占有を無権原のものとして、ただちに土地所有者(賃貸人)への明渡ならびに損害金の支払を実行させるならば、競落人がのちに譲渡許可の裁判を得ても占有の回復等に困難をきたすことは必定であるし、また同条の立法趣旨が競落人の敷地利用権の安定をはかるにあることは疑のないところであるから、同条の裁判手続進行中は競落人の敷地占有は違法性を欠き、土地所有者(賃貸人)が明渡請求権ならびにこれに附随する損害賠償請求権を行使することは許されないと解するのを相当とする。したがって、本件において丸中白土は控訴人らに対し、右譲渡許可の申立を棄却または却下する裁判が確定し、もしくは許可の申立の取下によって事件が終了することを前提とする明渡義務ならびに損害賠償義務を負うものというべきである。そして、本件両土地の地代が、それぞれ月額一、一一〇円であることは争がないから、控訴人らの丸中白土に対する建物収去土地明渡の請求および建物所有権取得の日以降の損害金の支払請求は、右述の裁判の確定もしくは取下による事件の終了を前提としてのみ正当として認容すべく、即時明渡および即時支払を求める部分は失当として棄却すべきである。

最後に、福島洗剤の本件両土地の占有が丸中白土の借地権の帰趨にかかっていることは、さきに認定した事実から明らかであるから、福島洗剤に対する本訴請求も、丸中白土に対する請求と同様、右述の裁判の確定もしくは取下による事件の終了を前提としてのみこれを認容すべきであり、したがってこれと結論を異にする原判決は変更を免れない。

以上の理由により、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言はこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 田嶋重徳 吉江清景)

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